よりみち

駅に帰った後。雨が降っているのに傘がない。そして家に帰るには物足りない気持ちだったから雨宿りに寄り道した。屋根のあるところを当てもなく歩いて、夕暮れみたいな色の「よりみち」と書いてある看板に吸い込まれて古いドアを開けた。天井には星座のようなライトがぼんやり光っていた。「いらっしゃい」中にはカウンターに座るおじさんとおばさんしかいない。大きな席にひとり通されて、座った。

 

「はじめてきたの?」孫に話しかけるように聞かれる。はい、と答え、おばあちゃんの家の煮物みたいなお通しとデンモクが目の前に置かれた。初めて会う人と話すことは好きではない。おかしいくらいに緊張してしまうのだ。でも、今日はなんとなく、1人で家にいたくなかった。「おねえちゃん、なんか嫌なことあったんでしょ?」別に何もない。笑いながら、雨が降ってただけです、と答えた。なんとなく居心地が悪いのでデンモクをいじっててきとうにオリビアを聴きながらを入れた。

 

「おねえさん上手いねぇ」そう言われると、お世辞とは分かっていても嬉しくて、スッと緊張が解けた。全然うまくないんです、早口に言いながら梅酒を一口飲み、調子に乗って立て続けに歌った未来予想図IIで、いい感じに仕上がってきたおじさんに「本物か?!」「この人芸能人だよ、誰かに似てる...誰だっけな」「この人滅多に褒めないんだよ、前もCD出してるんですとかいう女の人にさ...」などと言われて更に調子に乗る。おじさんのリクエストで、木綿のハンカチーフを歌った。うろ覚えだったけど。

 

おじさんは東京ララバイを歌い、ママはら・ら・らを歌った。みなさんも本当にお上手じゃないですか!とか言いながら、次々と出される梅酒を飲みながら楽しくて揺れていたらすっかり酔いが回ったので、帰ることにした。

 

帰り際、おじさんが「あ、傘がないんでしょう、これ持って行って!返さなくていいから」と、ビニール傘を持たせてくれた。ママが「また歌いに来てね」と言い、見送ってくれた。

 

家に帰っても楽しさを噛み締めるように鼻歌を歌いながら揺れていた。雨の日も、悪くない。