が届いた。
手紙を書いたその頃の私は、進路が決まってなかった。国立後期を受けていて、その結果が出てなかったので、どこの大学に行くのやら、滑り止めの大学に行くのか、浪人するのやら、とにかく不定だった。
傍目には第一志望に受かった人も見えていて、行きたい学校のために浪人を決めた人もいた。そんな中で私はただひたすらに強烈な劣等感を感じていた。
当時の私の家は「勉強」一色だった。勉強して、いい大学に行くことが人生の全てだった。親は勉強が嫌いな私を毎日責めた。受験後は第一志望に合格した子と比べられたりした。大学入学おめでとうとかも普通には言われなかったかも。親は世間的にいい大学に行って、そうするといい未来が確約されると信じていたし、今思っても半分以上は正しいと思うけど、過激にそれを押し付けられていたこと、そしてどこかでは期待に応えたかったはずなのに応えられなかった自分が猛烈に恥ずかしかったことをすごく覚えてる。
当時の自分には勉強がとても自分のために頑張るものとは思えなかった。私の好きな時間を抑えつける、ものすごく嫌なものだった。せめてもの反抗としてなぜか勉強をしない選択をしていた。変に拗らせて自分らしさとか考えてた。似合わないのに前髪とか短く切って。全然意味わからない。
そんな自分が書いた、未来の自分のための手紙。読みたいわけがない。
それがよりによって当時の「敵」であった母親に開封され、写真が送られてきた。
中身はいろんなこと書いてあったけど、「しにたい」とひらがなで書いてあった。そこに、なぜか自分で「いや、とにかくなんかやり続けろ!」と追記していた。何を思ったかボールペンで書いていたから、進路不定の出来損ないみたいなその時の劣等感を思うままに書いたんだろうが塗りつぶすこともできず、苦肉の策で自分を励ます形にしたんだろう。なんかちょっと健気で泣きそうだった。そしてとにかく一人暮らしを希望していて、家から解放されたいと強く願っていた。
18歳の私は、とにかく自分のやってみたいことが全然できなかったことへのコンプレックスが強かったこともなんとなく思い出した。
28歳の私が思うのは、やっぱり今でもその時どうしたら良かったのかは分からないや。でも、そんな18歳の強い反動もあってか今は自分がやってみたかったことをほとんどやれていて、楽しいよ。念願だった軽音サークルにも入っていろんな景色も見たし、だいぶ大人になってからずっとやってみたかった芝居とか始めたりしてさ。勉強嫌いなのに最後までよく頑張ったよ!今は人並みに働いてる!しかもあなたが勉強が嫌いすぎるから浪人は諦めて滑り止めだった学校に行くことを決め、劣等感を抱えながらも漠然と「そういえばマーケティングとかやってみたい」と思って選んだ学部からまさに今そんな感じの仕事してます!そしてなにより、一人暮らし、してるぞー!!!
そして18歳の敵だった母親。手紙を開封した母親から。なんと謝られた。「あの頃はごめん」と。びっくりした。
でもその後だんだん複雑な気持ちになった。私が長女だから母親も母親一回目。不安だったよね。だからこそ厳しくしてくれたんだよね、と今ならちょっと同情できる28歳の自分がいます。ほんのちょっとだけね。
18歳の自分は母親にごめんって言われたこと信じられないだろうな。でも同時に当時ライブを観に行ってた赤坂ブリッツの舞台に立ったりしたことも信じられないでしょ?しかもこれ、その"滑り止めの学校"で出会った人たちが連れて行ってくれたんだよ。全然悪くないっしょ。ふふふ。
最近やっと18歳あたりで抱えた劣等感から解放されてる実感がある。それが10年かぁ。とか思っています。18歳の劣等感を超えても多分色んな嫌なこととかもまだあると思うけど、未来の自分が多分なんとかする!38歳も48歳もその先も頑張って生きてこー!
