News from no where II

 

お元気ですか。こちらはなんとか元気です。なんとか、というのも最近は雨が降ったり止んだりで嫌いな傘を持ち歩かなくてはならないからです。

 

またあの電話ボックスが真ん中にある喫茶店に行きました。時間から逃げるために。これでも会社員、来る月曜日が恐ろしいのです。階段を登ってギシギシと音を立てる古い自動ドアが開くと、店主とその妻がテーブルに座って小声で話をしていました。

 

まるで息を吐くように歌う、ジャズシンガーの歌が流れています。余りに深くかかるリバーブに広い海の中を感じました。きっとスポットライトに照らされた古いピアノのある青っぽい狭いステージで流離の薄汚れた女が1人で歌ったのでしょう。「俺のような駄目な男に君は出会うことはないだろう」そう繰り返して曲が終わりました。ショーが終わったら次の街へ煙草の煙のように消えていったに違いありません。

 

店主の妻が私にレモンケーキを出しました。私がそのレモンケーキを食べる間に1組のカップルが入って、出ていきました。机に前の客が残したであろう煙草の燃えカスが少し落ちていました。その人が煙草の何本分ここにいたのか、少しの間考えたりしました。

 

そういえば昨日の夜はよく眠れませんでした。終電で最寄りの駅に着いてそこから家までの道を歩いている間、無性に寂しくなったのです。聴いていたホテル・カリフォルニアのせいでしょうか。なぜなのか全く検討が付かずむしゃくしゃして、ふらふらと前を歩く酔っぱらいの女を足早に追い越しました。車庫に入る空の電車が何本も横を通り過ぎました。

 

布団に入ってもその原因は分からないままで、挙げ句の果てにこの気持ちの悪い感情は本当に寂しさなのかすら分からなくなって、もう時間のせいだと言い聞かせて無理矢理目を瞑りました。

 

そんなことを一つ一つなぞるように思い出していたらちょうど店主が「閉店です。」と言ったので店を出ることにしました。果たして今は何時なんだろうか、でも、店に入った時と空の色と辺りの景色は変わらない気がします。

 

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