2時46分

 

祖父が死んだ。2日前から危篤の状態が続いて、それはまるで私が帰るのを待っていたかのように、ちょうど家に帰って来てベッドで寝たくらいの時間だった。85歳の祖父は癌と分かってから、自ら抗癌剤を打つことを決めた。「まだ生きたいです。」その強い言葉と真っ直ぐな目は祖母や母を泣かせた。

 

初孫の私に当時勤めていた東京から群馬までどでかい犬の人形を買って電車で持ち帰る。理不尽に祖母をいじめた女をあまりの怒りに車で轢きかける。自分の持ち物には必ず白い修正液で名前を書く。昼寝から少し起きて、周りに人がいることを確認するとわざと入れ歯をひっくり返らせて笑わす。七夕で「星になりたい」と書いた幼稚園生の私を心配する。いつも良いカメラを買っては集合写真を撮る。壁いっぱいに孫たちが描いたものを日付と名前を書かせて貼る。実家のトイレが壊れたままになっていた時、わざわざ父宛に親展を送ってくる。84歳で車を買い替える。どんぐりを拾って、謎のオブジェをたくさん作る。飼っている金魚が猫に食われないように鍵付きの棚を作る。孫たちが来る日は必ずアイスをセブンイレブンあずきバーを買う。都合の悪い時はボケたフリする。お昼はプロ野球かゴルフを観ながら寝る。祖母と毎日ド派手な喧嘩をする。おかしいくらいに人を笑わせて、誰よりもお茶目な祖父が、死んだ。

 

私は祖父の訃報を聞いても泣けなかった。近頃会いにいけなかったから、元気な祖父しか知らないのだ。急に衰弱して死んだなんて言われても全く実感が湧かなかった。会社の上司に告別式で休む旨を告げても涙が出なかった。やっと母に電話ができた仕事終わり、初めて祖父の死を実感して、駅前の道で大きく鼻をすすりながら人目を憚らず泣いた。悲しいとも寂しいとも分からないし説明したくもない。とにかく、何の余裕もなく、目の裏にこびりついた祖父のおちゃらけた顔を感じては目から涙が止まらない。涙で車内の景色が二重に見える、帰り道の東横線でこれを書いている。