ラブコメディは絆創膏

どんなに満たされていようが、人の心ってものは、ふとしたきっかけでどうしようもなく寂しくなる時がある。例えば体調が悪い時。転んで膝を振り向いたら絆創膏を貼れば良いけど、心が寂しい時は何をすれば良いの?空いている穴を元通りに埋めたくても、何で埋めたらいいか分からないのでは結局、埋められないのだ。

 

という時、私は、それを埋めようとしなければ良いのではないかという結論に至った。そんな穴があるということを、一瞬でも忘れたら良い。忘れてみればどうでも良かった、ということがよくある。他人を巻き込んでかえってその穴を大きくする前に、一旦忘れるということをしてみるということを、覚えた。

 

そんな時にラブコメディは絆創膏になる。絆創膏は、傷口を塞ぎはしないけれど、傷口がそれ以上悪化しないように守る。塞ぐか塞がないかは当人次第だけど、実在しない人間同士による絶対に誰にでも理解できるハッピーエンドのそれは、訳の分からない寂しさを擬似的に忘れさせてくれる。それでいい時も、ある。

 

(でも今日はそれでは足りなくて、友達と電話もしたら、埋めたかった穴が埋まったどころか溢れかえった。そういう時だってあって良いじゃん。)